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来月の行事予定

虫振祭 / 風除祭

 「虫振祭(むしふりさい)」とは、もともと御殿内の装束及び宝物類である能衣装関係・面・文書等の虫干しを行う神事で、平安時代に成立されたと推測されますが、詳しく記録は残っておりません。近世まで虫干しは行われていましたが、現在は簡略化され、斎主の祝詞にて祈念を申し上げています。

 また、同日に「風除祭(ふうじょさい)」が斎行されます。毎年6月に斎行される「御田植祭」にも関わる祭典で、風水害や病虫害からの被害を受けやすい8月の時期に、稲や農作物の安全な生長を祈念する神事です。

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御 神 幸 祭

「夏越大祭」「夏祭」「ごじんじ」等と呼ばれ多くの方々に親しまれていますが、正式には「宇佐神宮御神幸祭(ごしんこうさい)」と称します。古くは「御祓会(おはらいえ)」とも呼ばれ、民間神として人々の疫病を除き災厄を防ぐと共に、八幡総本宮として国家国民の安寧を祈願する意味合いがありました。

 この祭典の歴史は古く、宇佐神宮の根本史料である『八幡宇佐宮御託宣集』によると、平安時代の嘉承元〜3(1106〜08)年より以前に始まったとされています。

 7月28日は午後4時から上宮で祭典を斎行し、その後御本殿三殿よりそれぞれの御神体が三基の神輿に遷り、御仮屋である境内の頓宮(とんぐう)まで御神幸されます。

 神幸行列は、天狗のように赤く鼻高の猿田彦神が道案内として先頭に立ち、鮮やかな色彩の装束をまとった「蝶」「鳥」「駒(馬)」の稚児が列を成します。続いて裃(かみしも)や直垂(ひたたれ)を着けた列奉行、太鼓・横笛・鉦を賑やかに奏でる道行囃子、三基の神輿、輿に乗った宮司と神職が従います。まさに時代絵巻さながらの光景が繰り広げられます。

神輿が頓宮に著御されると、御神体は厳かに頓宮へ遷られます。御遷御の後、宮司以下神職は頓宮北側の斎庭にて「菅貫神事(すがぬきしんじ)」を行います。「解縄串(ときなわぐし)」という宇佐神宮伝来の祓具にて神職全員が自祓を行った後、正面に立てられた三本の川御幣(清らかな流れを表す)に一人ずつ静かに進み、拝礼の中で最も丁寧な御辞儀である「起拝」の後に、解縄串を向かって投げ入れます。この独特の神事では、国家安泰・五穀豊穣・万民息災が祈念されます。

御神体と神輿は、頓宮で三日二夜を過ごされた後、再び行列を成して上宮御本殿へと御還幸されます。

 御神幸祭期間中は、境内に特設舞台や屋台が設けられ多くの参拝者で賑わいます。初日には「子供みこし行列」、中日には「若宮神輿神幸祭」を始め「神輿パレード」「打上花火」「ミス卑弥呼選奨会」など数々の神賑行事が催され、遠来近郷老若男女が楽しい夏のひと時を過ごします。

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御神幸祭(神輿行列)

法 華 三 昧

 法華三昧(ほっけざんまい)とは、天台宗九州東教区寺院・六郷満山寺院の僧侶により奉修される神前読経です。

 天台宗を開いた伝教大師最澄は、803年に桓武天皇より勅許を戴き「入唐求法」のため難波津(今の大阪港)を出港しました。途中暴風雨に遭い、九州の地に1年3カ月留まることになった最澄は、宇佐八幡に詣で入唐の満願成就を祈願しました。願いが叶い812年に帰国した最澄は、宇佐八幡にお礼参りに詣で、高僧のみに許される「紫衣(しえ)」を賜わったと伝えられています。その故実に則り、毎年この法華三昧が宇佐神宮御神前において奉修されています。

また来る平成30年には、神仏習合発祥の地国東半島は「六郷満山開山1300年」を迎えます。奇しくもこの年10月、宇佐神宮御神前では天台座主一代に一度のみ厳修される「法華八講(ほっけはっこう)」が斎行されることとなっています。

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法華三昧(参進の様子)

祓所にてお祓いを受け、神職先導のもと、御本殿へ向かいます。




虫振祭 / 風除祭

 「虫振祭(むしふりさい)」とは、もともと御殿内の装束及び宝物類である能衣装関係・面・文書等の虫干しを行う神事で、平安時代に成立されたと推測されますが、詳しく記録は残っておりません。近世まで虫干しは行われていましたが、現在は簡略化され、斎主の祝詞にて祈念を申し上げています。

 また、同日に「風除祭(ふうじょさい)」が斎行されます。毎年6月に斎行される「御田植祭」にも関わる祭典で、風水害や病虫害からの被害を受けやすい8月の時期に、稲や農作物の安全な生長を祈念する神事です。

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